大道 42 個人指導は「何のための信心・活動であるか」を明確に!

  東京の歌「ああ感激の同志あり」についての山本伸一の解説に、皆、大きく頷きながら耳を澄ましていた。
 そして、新しい決意を込めて、区長の代表の指揮で、また大合唱した。
 この日、スピーチした伸一は、連日の猛暑のなかで活躍する全支部長・婦人部長に、心から感謝の意を表したあと、秋に開催される第一回支部総会の大成功に期待を寄せ、学会活動に取り組む姿勢について語った。
 「第一に、地道な個人指導を重ね、一人ひとりの支部員を、立派な人材に育てていこうと、深く心を定めていくことが肝要です。
 学会の財産は何か――。
 それは“人”です。人を育てることが、広宣流布を進めることにつながる。個人指導こそが、その人材育成の王道なんです」
 広宣流布の道には、越えなければならない幾つもの活動の峰がある。それを勝ち越えるには、一人ひとりが深い自覚と決意をもって、勇んで“戦い”を起こすことが大切である。
 世界の平和と人びとの幸福をめざす広宣流布の意義に共感し、活動に参加する人もいよう。自身の病苦や経済苦などの宿命を転換する突破口にしようと決意し、活動に取り組む人もいよう。強い信心の確信をつかみたいと、活動を始める人もいるにちがいない。
 個人指導の大事な目的の一つは、その人にとって、なんのための信心であり、活動であるかを明らかにしていくことにある。そして、意欲的に、希望に燃えて、仏道修行に、学会活動に励めるようにすることにある。
 「ひとたび、人が目的を明確にもてば、その人には歓喜が漲り、行動がともなうのである」(注)とは、南米・アルゼンチンの作家エドゥアルド・マジェアの言葉だ。
 大きな会合は、時間的な制約もあり、運動の打ち出しが中心となるが、その運動が軌道に乗るには、支部員との納得の対話によって、活動に取り組む自覚を促すことが必要不可欠である。この労作業を怠れば、広宣流布の聖業は、空転を余儀なくされる。

■引用文献
注 エドゥアルド・マジェア著『アルゼンチン人の情熱の歴史』エスパサ・カルペ(スペイン語)

コメントを残す

サブコンテンツ