変わり種Jazz【33】Cassandra Wilson "New Moon Daughter"【1995】

この「変わり種Jazz」というカテゴリは、Jazzを聴き始めたばかりのリスナー向けというよりも、ジャズの世界をより深く理解するためのマニアックでマイナーな作品を紹介するカテゴリです。一風変わった作品、マイナーなプレイヤーによる味のある作品、マニア受けする作品を紹介していきます。

今回はかなり冒険的な作品を選んでみました。どういった意味で冒険的かといいますと、まずは1995年録音である点。ご存知のように1990年代はジャズの時代ではありません。伝統的なジャズはほぼ死に体で、Acid JazzですですとかSmooth Jazzとカテゴライズされた新ジャンルで、部分的にジャズ的なるものを取り入れたバンド・ミュージックが多少人気があった程度でした。もしくはベテラン期を迎えた巨匠たちが、良質な作品をチラホラと発していたという印象。ジャズ史的に振り返るとそれほど刺激的な時期とは言えません。

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次に、ヴォーカル・ジャズである点もこれまでとは趣向が異なります。管理人自身がそれほどヴォーカル・ジャズ作品を好んで聴いてこなかったので、このブログではあまり歌物は取り上げてきませんでした。やはりジャズは楽器奏者個人のアドリヴ創造力と優秀なジャズメンが数人ぶつかり合うことによる化学反応が最大の魅力。歌が入ってしまうと、どうしても声が主役になってしまいますので、ジャズ固有の魅力が減じられてしまいがち。ですので、あまり積極的にヴォーカル・ジャズは聴いてきませんでした。ただ、ロック・バンドのようにヴォーカルを突出した存在として扱うのではなく、他の楽器奏者と同列のワン・オブ・ゼム的に扱うスタイルのヴォーカル入りジャズ・ユニット作品であれば当然受け入れ可能です。

「ヴォーカル・ジャズ」関連過去記事

62枚目:Sarah Vaughan/Helen Merrill With Clifford Brown 【1954】

86枚目:Dinah Washington “Dinah Jams”【1954】

変わり種Jazz【23】Dave Brubeck Quartet Feat.Jimmy Rushing “Brubeck and Rushing”【1960】

ライヴ盤列伝【7】Esther Phillips “Burnin’ Live at Freddie Jett’s  Pied Piper ,L.A.”【1970】

122枚目:Abbey Lincoln “That’s Him!”【1957】

例外的に、以下はヴォーカルが完全に主役の作品。サッチモ、エラ、ナット、ニーナ作品ですので楽器奏者うんぬんといった理屈は通じません。

巨人、邂逅ス【2】Ella Fitzgerald/Louis Armstrong “Ella and Louis”【1956】

85枚目:Nat King Cole “After Midnight”【1956】

天才の系譜【5】Nina Simone/ニーナ・シモン

最後に、 そもそも論になってしまいますが、今回紹介するCassandra Wilsonの”New Moon Daughter”【1995】をジャズ作品とカテゴライズするのが果たして適切かどうか、という疑問もあります。もの凄く広い意味でならジャズ作品と言ってしまっても問題はないと思うのですが、通常のジャズ作品を期待すると拍子抜けしてしまう可能性が高いかもしれません。ほとんどがカバー曲で構成されておりますが、ジャズのみならずBluesやPopsなど幅広いジャンルから選曲されている点も特徴です。

つまり、ジャズ停滞期の1990年代録音のヴォーカル作品で、しかもそれほどジャズ的ではないアルバムということになる訳ですが、なぜそんな作品を敢えて紹介するのかといいますと、サウンド的に面白いと個人的は思えたから。「サウンド的に」なんていう理由は、極めて抽象的。あくまでも個人の価値観に左右されるものですので、どれほどの方に受け入れられるかは不確かはあるのですが、「変わり種Jazz」としてなら、まぁギリじゃないか、なと考えました。


Cassandra Wilson “New Moon Daughter”【1995】
カサンドラ・ウイルソン 「ニュー・ムーン・ドーター」【1995年】

パーソネルはwiki:New Moon Daughterを。

1曲目収録”Strange Fruit”。ご存知Billie Holidayの持ち歌として知られるスタンダードです。

冒頭の武骨なベース音でガツンとやられます。カサンドラのヴォーカルは極めて抑制的。というのも、この曲は流麗なメロディラインが売りではありません。アメリカ南部でかつて個人たちがいかに非道な扱いを受けていたかを告発する曲。怒り、もしくは哀しみがテーマ。タイトルの“Strange Fruit”を【閲覧注意】Google画像検索すると分かりますが、リンチされ木に吊るされた黒人を「奇妙な果実」と比喩的に歌ったもの。カサンドラ版は、ベース/ヴォーカル/ギター/トランペットによる見事な組み合わせで歌の持つ重厚なテーマを表現しています。この音楽スタイルがジャズかどうかは不確かですが、傑作と呼ぶに値すると個人的には思います。 

ここでカサンドラ・ウイルソン【ウィキ/wiki】の来歴について。父Herman Fowlkes Jr.【wiki】は、Jazz/Blues系Bass/Guitar/Trumpet奏者でした。wikiにはSam Cooke、Gatemouth Brown、Ivory Joe Hunter、LLoyd Priceのバンドに参加していたそうですので、どちらかというとR&B畑のミュージシャンだったようです。母親は小学校の教師で、Motownサウンドの大ファンでした。1955年、カサンドラはミシシッピ州ジャクソンで生まれ、恵まれた音楽環境で育ったということになります。

6歳よりクラシック・ピアノの教育を受け、十代になるとクラリネットを吹き始めます。同じころ、父にギターを教えてくれと頼むと、彼女の父親は独学で学べるMel Bay【wiki】メソッド本を紹介。独学でギターを学んだそうです。

大学ではマス=コミュニケーションを専攻。夜になると、R&B/Funk系バンドのヴォーカリストとしてクラブで歌うようになっていました。1981年ニューオリンズの地方局でアシスタント・ディレクターの職を得、同時に音楽家としての活動も継続。当地でAlvin Batiste【wiki】やマルサリス兄弟の父Ellis Marsalis【wiki】らの教えを受けたことでジャズ・ミュージシャンとしてやっていくことを決意。1982年ニューヨークへ。

ニューヨークでは、アヴァンギャルド系トロンボーン奏者で教育者でもあったGrachan Moncue III【過去記事】に師事。Ear Trainingを受け、ヴォーカル技術を格段に向上させていきます。同じころ、Sadik Hakim【wiki】の指導を受けつつセッションを重ね、同年代のテナー・サックス奏者Steve Coleman【wiki】と出会い、自作曲に拘るよりもジャズ・スタンダードを掘り下げてみるべきとの助言を受けます。その後、コールマン率いるユニットM-Base【wiki】のヴォーカリストとして活動。コールマンがドイツ・ミュンヘン拠点のレーベルJMTと契約しレコーディングした彼のデビュー作にも参加。同時に、カサンドラ自身もJMTと契約し、コンスタントにリーダー作を発表していくことになります。

1986年から1992年にかけてJMTから7枚のリーダー作を発表。日本制作のDIW盤【wiki】を1作挟み、1992年にBluenote Recordsと契約。漸くメジャー・デビューとなります。”New Moon Daughter”はブルーノート録音の2作目にあたります。

ちなみにジャズ・ヴォーカリストとノカサンドラはAbbey Lincoln【過去記事】、Betty Carter【wiki】に強く影響を受けたそうです。

4曲目収録”Death Letter”。デルタ・ブルーズの巨人で、Robert Johnsonの師匠筋に当たるSon House【wiki】の代表曲。

Son Houseのyoutubeオリジナル音源はこちら。カサンドラはミシシッピ州出身。子供時代にはギターを習得していました。ミシシッピでギターと言えば、デルタ・ブルーズ/ギター・ブルーズと無縁でいられるはずはありません。しかも父親はBlues系ミュージシャン。ブルーズは音楽家としての彼女の根幹であったとしても不思議はありません。

こちらも音楽的にジャズと断言するには相当の躊躇を感じるスタイル。ブルースでもないですし、R&Bとも違います。

8曲目収録”Last Train to Clarksville”はThe Beatlesに対抗してアメリカで結成されたアイドル・バンドThe Monkeysの曲。

全体的に、同じ時期に人気のあった英国のR&B系ヴォーカリストのDes’ree【wiki】に似たサウンドかなと思わなくもありません。今作のプロデューサーのCraig Street【wiki】氏はのちにHoly ColeやNorah Jonesのようなジャンル特定不能のアーティストを多数手がける人物ですので、今作のサウンドに関してはカサンドラ自身が作り上げたというよりも、ストリート氏の手腕によるところが大きいと考えるべきなのかもしれません。

マイケル・ジャクソン=クインシー・ジョーンズの大成功が故かと思いますが、1980年代以降のアメリカの音楽シーンはアーティスト本人の意向よりもプロデューサーが全権掌握するスタイルが主流になります。今作は演奏家を突出させることを抑え、アドリヴもほぼ封印したりとジャズらしい部分を極力少なくする言わば「ジャズ隠し」とでも言うべき内容となっております。ジャズに対する冒涜のようにも思えますが、逆に言えば1990年代にジャズを演るということは今作のように純ジャズ的な要素は極力抑制しなくては作品として世に出すことはできなかったということなのでしょう。

1990年代のジャズ愛好家の数などはたかが知れておりますし、彼らだけではビジネスになりません。レコード会社はロックやR&Bを好んで聴く層をターゲットに巻き込まねばと考えたはず。その結果、今作のようにジャズなのかどうか微妙な内容となった訳です。問題は、当時この作品をファースト・ジャズとして聴いて気に入ったリスナーがその後どうすればよいのか、という点。当然似たような作品を探すはずですが、モダン・ジャズ黄金時代の名盤を聴くと「はぁ。何コレ?」といった感じになったとしてもおかしくはありません。

個人的な印象では、今作がジャズかどうかはやはり確信が持てません。裏側からの議論になりますが、ではR&Bやソウルなのかと言われると、楽器奏者がサウンドに占める割合の大きさから言って、それも相応しいとは思えません。ですので、「R&B/ソウルとジャズのどちらなんだ!」と問い詰められたら、極めて消極的な理由でジャズと答えざる得ません。

と同時に、冒頭でも申し上げたように、サウンドとしては面白いと思います。90年代は打ち込み主体の音楽が多かったので新鮮に思えたのでしょうか。個人的には同じプロデューサーのノラ・ジョーンズ作品は理解できませんでしたが、カサンドラ作品は興味深く聴けました。繰り返しになりますが、ジャズとして聴いているのかどうかは微妙ですが。

「ジャズって何だ?」という議論に自分なりの答えを出そうとする場合、ジャズかどうか微妙なスタイルの作品を聴くことは有益ですので、今作は格好の材料になるはずです。また、ジャズであることにそれほど拘らなければサウンド的には面白いと思いますし。あとは個人の好き嫌いの問題です。

 

 

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