131枚目:Duke Ellington "Piano Reflections"【1953】

ジャズ関連ニュースを2つ。

まずは、以前「Jazzと映画【6】ジャズメンの伝記映画」で少しお伝えしたMilesの伝記映画『マイルス・アヘッド』【wiki】の続報です。

公式予告編がyoutubeにアップされてました。

チードルの声はマイルスにソックリ!鼻のかたちを除けば、見た目もほぼマイルス。


【Cinema Today】帝王マイルス・デイヴィスの休業から復帰に焦点を当てたドン・チードル

映画の日本公開は未だ未定のようですが、Robert Glasper【wikiウィキ】が担当したサントラは少し話題になっているようです。

【mikiki】ロバート・グラスパーが取り組むマイルス・デイヴィス生誕90周年プロジェクト

ロバート・グラスパーはここ5年ほど注目されているピアニスト/プロデューサー。ジャズ・ベースですが、Hip-Hop系やSoulとのコラボも多く、彼の音楽は典型的なジャズの範疇には収まりません。2012年発表の”Black Radio”【wiki】という作品が話題になりました。私も聴きましたが、個人的には、可もなく不可もなくといった印象で、評価は少し保留といった感じでした。

そのグラスパーが映画『マイルス・アヘッド』のサントラを担当し、マイルス直系の遺伝子であるハービー/ショーター、現在活躍中の若手Esperanza Spalding【wikiウィキ】、つい先日の記事で映画『バードマンあるいは(~)』のサントラでのドラミングが凄かったと書いたAntonio Sanchez【wiki】も参加しているそうです。

また、サントラとは別に、グラスパーはマイルスへのトリビュート・アルバム”Everything’s Beautiful”を制作したそうです。こちらはマイルスの演奏を加工したRe-Mixed系アルバム。Erykah BaduやStevie Wonderが参加しているそうです。

“Everythng’s Beautiful”より、”Getto Walkin'”。

この音源を聴いてどのように感じるかは、もちろんリスナー個々の価値判断ですので、全ての感想が正解であることは言うまでもありません。私はHip-HopですとかTechno/Electronicaも全然okの人間ですので、面白いと思う反面、スペシャルとまでは言えないと感じました。買うのか?と言えば、様子見としか言いようがありません。サントラの方は、いずれ入手しようと思います。欲しいものリストの末尾に並んでもらいますが。

ですが、一方で、こうも思います。「コアなファンがジャンルを殺す」と良く言われることがあることをご存知でしょうか。音楽でも映画でも小説、スポーツでも例は何でも良いのですが、あらゆるジャンルには熱心な固定ファンがついているものです。もちろん、私もそのひとり。そういった固定ファンとは、同時に「煩型」でもあります。当然、一家言を持っているものです。そのジャンルを愛するが故に、強い意見を持っているのが一般的。「○○○はこうでなくてはならない!」「○○○は邪道だ!」「あんなの○○○じゃない!」と言った感じです。私もその筆頭ですが、煩型マニアは基本的に文句ばっかり言ってます。

これをグラスパーに当てはめてみるとこうなります。「ジャズは楽器奏者のアドリブが本質なのに、グラスパーにはないじゃないか!」「グラスパーなんて邪道だ」「”Black Radio”なんてジャズじゃない!」といった感じです。もちろん、先ほども申し上げたように、この意見は正解です。このようにお感じになったとしても全く問題ありません。

現在は、ジャズが、というよりも、音楽産業自体が死に体に近づいております。エンタメ産業として音楽が存亡の危機に瀕している訳ですので、いわんやジャズなんて絶滅危惧種のようなもの。ですが、その絶滅寸前のジャズの衰退に追い打ちをかけているのが、実はコアなジャズ・ファンなのではないか?というのが、先ほど述べた「コアなファンがジャンルを殺す」という一文の言わんとするところです。

私などその筆頭ですが、半世紀以上前のモダン・ジャズ黄金時代の作品ばかり購入し聴いている訳です。オン・タイムで進行しているジャズ・シーンにはほとんど目もくれず、たまに興味を持った上原ひろみにしても「スタジオ・アルバムはいまひとつだ!」なんて言っちゃうわけです。自分で言うのもなんですが、煩型の典型です。もし、せっかく上原ひろみに興味を持った方がネット検索で当ブログに辿りついたとして、私の何気ない意見を目にし「ジャズに詳しそうな人が”上原ひろみはいまひとつ”って言ってるんだぁ。じゃぁ、聴くのヤメちゃおう」なんてことにもなりかねません。「オスカーは初心者向けだね(クスクス)」ですとか、「へぇ~、マイルスなんか好きなんだぁ(フフフ・・・)」なんていうのも典型です。

では、コアな愛好家が満足するような作品を作れば良いじゃないかということになりますが、煩型を満足させる作品はまず売れません。マニア相手の商売は、いつの時代もどのジャンルでも成り立ちません。新規ファン開拓の見込めないマニア向け作品を連発すれば、遠からず尻すぼみ傾向になるのは確実で、そのジャンルはほぼ確実に衰退に向かいます。少子化と同じ原理です。「コアなファンがジャンルを殺す」が意味するのはそういったところです。

ですので、グラスパーがどうにかこうにかしてHip-Hopやクラブ・ミュージックとMilesのサウンドを組み合わせ、ジャズに無関心な層の関心を惹き、次の世代にマイルスの偉大さやジャズへの興味を繋ごうと試みている点は評価すべきと思います。大いに評価すべきです。無理に聴く必要は全くありませんし、「こんなのジャズじゃない!」と切り捨てるのは問題ありませんが、そもそもコアなファン向けに作られていないという点は押さえる必要はあるはず。モダン・ジャズ黄金時代専門のコア・ファンに向けてグラスパーは発信していないので。

ちょっと違いますが、例の水着でピアノを弾く女性にも同じことが言えるはず。「水着で演奏するとは何事ぞ!」「ジャズへの冒涜だ!けしからん」というのは明らかに真っ当な意見です。ですが、水着でピアノを弾くというニュースで彼女は注目され、デビュー・アルバム録音のチャンスを得たそうです。ライブも下心ありありのおやっさんたちで大盛況とか。もちろん、私は煩型コア・ファンですので、彼女のアルバムにもライヴにも興味がありませんが、同時に上手くやったなと思いすし、がんばれとも思います。彼女がインタビューで影響を受けたジャズメンの作品を挙げればその作品が売れるかも知れませんし、彼女を入り口に本格的にジャズの世界に入って来る新規ファンもいるかもしれません。

上から目線気味の意見を長々とすいません。

次の話題に。

5月8日(Sun)20:00から、WOWOWでJazz At Philharmonic【wiki】の1960年パリ公演が放映されます【参照:WOWOW HP】。Cannonball【過去記事】とNat【過去記事】によるAdderley Bros、J.J. Johnson【過去記事】 & Stan Getz【関連記事】、Dizzy Gillespie【過去記事】らモダン・ジャズ世代と、Coleman Hawkins【過去記事】、Benny Carter大師匠【過去記事】、Roy Eldridge、我らがJo Jones【過去記事】と言ったスウィング世代のビッグネームを参加。個人的にはLalo Schifrin【過去記事】の参加も注目。当時シフリンはDizzyのバンドのアレンジャーでした。

youtubeでの定期クルーズで、断片的な映像は観たことがありますが全編通して観るのはもちろん初。年甲斐もなく、ドキドキとワクワク感が半端ではありません。

ここから本題です。今回はひさしぶりにDuke Ellington作品を紹介します。

デューク・エリントンはジャズの歴史上最重要人物の筆頭です。モダン・ジャズのひとつ前の世代のスウィング・ジャズ期に活躍したというよりも、スウイング・ジャズというスタイルを作り上げた張本人と言うべきかもしれません。

ジャズ史上最も偉大な人物は誰か?と訊かれれば、理論上の「正解」は、Charlie Parkerと相場は決まっております。ですが、パーカーはデュークが作り上げたスウィング・ジャズを基盤にモダン・ジャズをスタートさせた訳ですので、そう話は単純ではありません。

デューク・エリントンとチャーリー・パーカーの関係を日本サッカー発展史で例えるなら、デユークは釜本氏、パーカーはカズさん。野球なら、エリントン=長嶋茂雄氏、パーカー=野茂英雄さんといった感じでしょうか。釜本氏は、サッカー不毛の地と言われた日本にフットボールの存在を初めて知らしめた存在。カズさんは、Jリーグ創設のきっかけとなり、世界への挑戦の開拓者、つまり一段上の高みを目指した方です。初期の偉人と中興の祖といったところでしょうか。

デューク・エリントンのキャリアには興味深い特徴があります。ジャズメンには、第一にアドリヴ演奏とそれを支える神的な技術力が必要とされます。ですが、デユーク・エリントンはスーパーなアドリヴ奏者として知られている訳ではありませんし、ピアノ演奏力によって賞賛を受けている訳ではありません。もちろん、演奏力が全く評価されてない訳ではないのですが。

デューク・エリントンの評価の大部分は、バンドリーダーとしての才覚です。1920年代後半から1940年代にかけてのビッグ・バンド形式でのスウィング・ジャズ黄金時代に、エリントン率いるバンドこそがジャズ界のトレンド・リーダーであり、演奏スタイルやバンド構成、人気ソリストの輩出など、当時のジャズの基本形式を作り出すけん引役として機能していました。

音楽面を実際に取り仕切っていたのは、エリントンの頭脳であり、影武者的な存在とも言われたBilly Strayhorn【wikiウィキ】らだったとも言われております。アレンジも若手に任せ、エリントン楽団の十八番的な代表曲も、エリントン本人ではなく、メンバーが作曲しているケースが目立ちます。ライヴでピアノを弾いていたのはストレイホーンで、エリントンはクラシック・オーケストラの指揮者のように振る舞い、曲の合間にMCを務めたりしていました。エリントンは有能なメンバーたちの能力を活かし、バンドを常にジャズ界のトップに君臨させるべく手腕を発揮するプロデューサー的な存在だったと考えることもできます。後のマイルスやクインシー・ジョーンズのような立ち位置です。

エリントンの同時代者で、彼と同列の重要人物であるルイ・アームストロングは、トランペット奏者として卓越していた半面、プロデューサーとしてはあまり機能しなかったのとは対照的です。

つまり、エリントンの凄さは、ピアノ演奏に注目してもあまり伝わっては来ず、非常に解りにくいということになります。逆に言えば、エリントン楽団の演奏全体をサウンドとして認識すればよいということになります。エリントン・サウンドとして聴くことで楽しめばいい訳です。

これまで紹介してきたエリントン・サウンドは以下の通りです。

100枚目:Duke Ellington “The Popular Ellington”【1966】

晩年を迎えつつあったエリントンが、自身の楽団の十八番をビッグ・バンドで再演。何十年もの間、繰り返し繰り返し演奏することで長期熟成されたエリントン・サウンドを楽しむことができます。


ライヴ盤列伝【5】Duke Ellington “Ellington At Newport”【1956】

エリントン楽団には、数多くの人気ソリストが在籍していましたが、今作ではPaul Gonzalvesの長尺ソロが楽しめます。

巨匠、邂逅ス【1】Count Basie/Duke Ellington “First Time! The Count Meets the Duke”【1961】

カウント・ベイシーはエリントンと同世代のバンド・リーダー。ライバルです。二巨頭並び立たずのはずが、まさかのGiant Meets Giantが実現。ジャズ全歴史で最大のビッグ・ネーム同士の邂逅セッションと断言できます。内容的には、両者の顔を立てすぎた感があり、凡庸かもしれません。


巨人、邂逅ス【3】Louis Armstrong & Duke Ellington “The Great Summit”【1961】

こちらも夢の共演盤。ニューオリンズ・ジャズのスターにして、黒人として初の国民的歌手となったサッチモとスウィング・ジャズのデュークが夢の邂逅セッション。メンバーはサッチモのレギュラー・ユニットから選び、曲はエリントン楽曲を演るという折衷策が功を奏し、痛快作となりました。明るく楽しく明快なジャズです。

巨人、邂逅ス【5】”Duke Ellington & John Coltrane”【1962】

戦前にメインストリームだったスウィング・ジャズの巨匠エリントンと戦後モダン・ジャズ世代のカリズマになっていたコルトレーンがまさかの邂逅。世代間に大きな隔たりがあるセッション。コルトレーンがフリー・ジャズに走りはじめたのを危惧したImpulse!Recordsのプロデューサーが、御大と共演させることで軌道修正させる意図があったとも言われております。ご存知のように、プロデユーサーの願いが叶うことはありませんでしたが。

巨人、邂逅ス【7】Duke Ellington “Money Jungle”【1962】

こちらも同じくエリントン御大が、モダン・ジャズ世代でエリントン信奉者であったミンガス/ローチとピアノ・トリオ構成で録音。憧れと現実のギャップに苦しんだミンガスはセッション途中で激怒し退出する騒ぎがあったとか。間に入って哀れなローチ。ピアノ・トリオ構成ですので、珍しくエリントンのピアニストとしての腕前を聴くことができます。内容的には世代間ギャップが故でしょうか、少々折り合いを欠いた印象。

今回紹介する”Piano Reflections”も”Money Jungle”同様、ピアノ・トリオ構成。つまり、エリントン御大のピアニストとしての腕を聴くことができるということになります。


Duke Ellington “Piano reflections”【1953】
デューク・エリントン 「ピアノ・リフレクションズ」【1953年録音】

パーソネルは以下の通り【参照:wiki Piano Reflections】。

p:Duke Ellington

b:Wendell Marshall【wiki
ds:Butch Ballard【wiki】/Dave Black

congas:Ralph Collier

コンガは1曲のみ参加で、基本はピアノ・トリオ構成。ウェンデル・マーシャルは、モダン・ジャズ世代で数多くの作品にサイドマンとして参加したキャリアを持つ名手。ドラムスの2人はあまりきいたことのない名ですが、ブッチ・バラードのwikiによると、サッチモ、ベイシー、そしてエリントンと共演したキャリアを持つそうです。今回紹介する3曲のドラムスは、すべてバラードです。

3曲目収録”B Sharp Blues”。

1953年録音ですので現在的視点から振り返るとモダン・ジャズ期ということになりますが、例えば、スウィング系の新世代オスカー・ピーターソンや他のモダン・ジャズ系ピアニストの演奏と比較すると「ゆるーい演奏だなぁ」とお感じになるかもしれません。

私はこのアルバムを以前紹介した”Money Jungle”と一緒に20代の前半くらいに購入しました。ガイドブックだか、歴史本だかで、デューク・エリントンは偉人だ!的なことを知り、とりあえず聴いてみるか的な動機でした。当時は、スウィング世代やモダン・ジャズ世代といった世代論も知りませんし、ミンガスがどういったジャズメンかも良く解っていませんでした。

当時、その2作を聴いた率直な感想は「ハズレじゃん・・・」でした。なんなのこの地味な内容・・・と言った感じ。当時はまだジャズに専念していた訳ではなく、R&BやFunk、Hip-Hopも平行して聴いていましたので、管楽器のいないアコ-スティック系楽器の演奏=地味といった単純な認識でした。もっと鍵盤を叩けよ!、ドラムスももっとバンバン叩け!的に思ったんだと思います。

ですが、ジャズに割く時間が長くなり、徐々にジャズ・リスナーとして成長したからだと思うのですが、次第にジャズ特有のピアノ演奏スタイルを理解できるようになり、その素晴らしさに圧倒されるようになりました。

上の”B Sharp Blues”は、ピアニストとして超絶技巧という訳ではないのですが、おそらくエリントンが長い演奏家人生で熟成させたたしかな技術と独自のセンスで満たされているはずです。敢えて音数を少なくし、省略を多用している可能性もあります。若いときはゴテゴテと飾り付けた派手さを好みますので、最初に今作を聴いた時点では、そういった部分に気が付くことができなかったと今では考えるようになりました。

ブルーズの象徴的表現手法であるトリル【ウィキ:装飾記号】が心を揺さぶります。

5曲目収録”Dancers In Love”。

派手さはないものの、こちらも同じくトリルが気分を高揚させてくれます。

9曲目”In a Sentimental Mood”。ご存知エリントン楽曲にして人気スタンダード・ナンバー。

この演奏より派手で音数の多い”In a Sentimental Mood”は星の数ほどあります。初出の1935年から20年弱エリントンはこの曲を弾き続け、たどり着いたのがこのスタイルだった訳です。断言します。このバージョンが「正解」。たしかに落ち込んだ気分からどうにかして抜け出そうというメッセージが伝わってきます。

ピアノ/ベース/ドラムスの3人で演奏し、ピアニストのアドリヴ・ソロをフィーチャーするという現在では一般的なピアノ・トリオ構成ですが、スウィング・ジャズ時代にはそもそも存在しないスタイルでした。このスタイルが登場したのはおそらく1940年代に入ってから。モンクやバド作品を聴けば解りますが、1940年代半ばから後半には一般的になっています。

ですので、そもそもスウィング世代のピアニストたちは、ピアノ・トリオ編成で演奏するための練習などしていなかったはず。スウィング世代の大御所であるエリントンがこのスタイルに挑戦するというのは実は凄いことですし、ある意味ではリスキーだったはず。変な例えですが、プロレスラーが総合格闘技に参戦してボロ負けしてしまうと、プロレスラー最強幻想が崩れてしまうのではないかと危惧するのと似ているような気がします。この例えが適切かどうかは不明ですが。「あぁ、エリントンと言えどももう時代遅れなのね・・・」的に受け止められてしまう可能性だってある訳ですから。

エリントン作品は、基本的にはビッグ・バンド形式で、演奏家としてというよりもエリントン・サウンドを構築するプロデユーサー的存在として捉え、彼の個人的な演奏技量ではなく全体をエリントン・サウンドとして捉えるとその魅力は解りやすいはずです。カウント・ベイシーも似た感じではないでしょうか。

 

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