自己責任なのにそこは伝えない。

GW?

んなもん関係ねぇ。

今日は体を無理矢理事務所へ運びやることをやる。

日々、こうも忙殺されるとアタマも働かないし、休日も無駄に過ごしてしまうんだ。

おかげで4月の売り上げは惨憺たる有り様。

これじゃいかん。

5月はがんばろ。

熊本地震ですっかり自粛、不謹慎モードが蔓延してしまった。

確かに今回の被害は甚大だけど、行き過ぎな感もあり。

下手な言葉をネットで発信できないのはまだしも、私が最も違和感を感じるのは

「国民一丸となって被災者、被災地支援」

という風。

いやいや、応援はしたい。でも、まだ地震活動が活発なのに、

「熊本、大分の観光地へ出掛けよう」

という流れを押し付けられていること。

もちろん行く行かないの選択は個々人の自由だ。別に強制されているわけじゃない。

でもメディアが一斉に被災地の観光地へいざなう放送をしているのは異様に見える。

そんな中で連休初日の昨日、湯布院で震度5強。

報道は明らかに軽く流していた。大丈夫を強調していた。

東日本大震災以降、こんな流れがあまりに目につくのだ。

それ以降、箱根の火山活動の件もあった。

「危険なのは大涌谷周辺だけなのに、箱根全体が危険なように報道するのは・・・」

確かに実害がなかった近隣の観光施設、宿泊施設にとってはたまったもんじゃないだろう。

しかし、そこは自然相手。絶対安全とは誰も言えないはず。

なのに「大丈夫」と伝えて人を大挙呼んでおきながら、万が一、大丈夫じゃなかったらどうするんだろう。

福島、宮城、岩手は幸い大丈夫だった。いや、めっきり風化しているが、原発事故の影響は今も大丈夫なはずはないのだが。

箱根は沈静化した。今はもう誰も気にする人はいない。

じゃあ熊本、大分も大丈夫か。

と、思っていたら湯布院での地震。

当たり前だ。まだひと月もたっていないのだから。

日本は万が一の時のことよりも目先の経済性を優先する。それをメディアは被災者感情に絡めて逆張りで煽ることが通例となった。

「地元の人が苦しんでいるから人を呼ぼう」

呼びかけるのは勝手だが、そこに赴く観光客の安全は気にしているのかどうか。

確かにGWの売り上げは観光地にとって死活問題だろう。

でもそこで「万が一」のことがあったら結局苦しむのはその観光地の人だ。

大丈夫かどうかわからないことを「大丈夫」と言って、被災地にお金を落とす人々を流す。

どうせ「万が一」のことがあっても「まさかこんなことになるとは・・・」で逃げる。

そう。それが通用するのが対自然。

本来は「今行くなら自己責任で」という言葉を付けるべき状況だが、ボランティア活動にはせっせと付けるくせに、ネガティブな印象を与えるからか観光誘導には付けない。

別に観光に関しては、わざわざ今行かなくても、今できることが他にあると思う。

直接的に観光地を支えるために何らかの公的支援を他に設けるのでもいいし、善意を集める仕組みがあってもいい。

箱根の時に感じたのだが、観光の被害を最小限に抑えるために立ち入り禁止区域や警戒レベルを矮小化して設定するのはおかしな話だろう。少なくともあの時私はそう感じた。

たまたま何も起きなかっただけに過ぎないのに。

ここんとこの災害において、経済合理性が優先され過ぎているように思えてならない。

まあ結局は自己責任なんだけど。

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