あいや

あいや(愛知県西尾市、抹茶の製造販売)
2010年4月9日(金)
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菓子や飲料に用いられる食品加工用抹茶の生産で大きく成長。米欧中に拠点を持ち、輸出先の水や嗜好に合わせて社長自ら味を調える。10年をかけて育てた中国の生産拠点を足場にアジア市場を狙う。

 エアシャワーを浴びクリーンルームに足を踏み入れると、抹茶の香りが鼻をくすぐった。部屋には、碾(てん)茶と呼ばれる茶葉を挽(ひ)いて抹茶にするための石臼が所狭しと並ぶ。近隣の愛知県岡崎市で取れる御影石で作られた、直径33cmの石臼は1080台。

 ここは愛知県西尾市にある抹茶メーカー、あいやの工場だ。これだけの規模が必要なのは、1台の石臼で挽ける抹茶が1時間当たり40gと、市販される缶入り抹茶の1~2缶分にしかならないからだ。挽くことで、抹茶の粒の直径は2~10マイクロメートル(マイクロは100万分の1)になる。

 「西尾の抹茶を支えるのは、栽培に適した土壌だけでない。岡崎産の御影石も同じくらい重要だ」と社長の杉田芳男氏は語る。
あいやの杉田芳男社長。1080台の石臼が碾茶を挽いて抹茶を作る (写真:森田 直希)
 抹茶と言えば京都府の宇治が有名だが、あいやが本社を構える西尾市周辺でも抹茶の原料となる碾茶の生産は盛んだ。全国茶生産団体連合会によれば、碾茶の栽培に関しては、西尾市周辺が日本で最も盛んだという。

 あいやは、品質が高い割に宇治ブランドより価格が低い西尾の抹茶を、抹茶味の菓子やアイスクリーム、飲料などを作る食品メーカーや飲食店に売り込み、全国区の抹茶メーカーへと成長した。そして、食品メーカーとの関係を通じて、競合に先駆けてラインの自動化に取り組み始めた。

 冒頭の石臼が並ぶ部屋をはじめ、あいやの生産ラインはほぼ自動化されている。これは、食品メーカーの衛生管理を目の当たりにし、杉田社長が地道に設備投資を進めた成果だ。「抹茶は嗜好品ではなく食品」というのが杉田社長の信条。製茶会社では衛生管理の意識が必ずしも高くないところもあるという。

 杉田社長も、大手食品メーカーの衛生担当者から何度も注意を受けるうちに、製茶業界の常識が世間の非常識という面があると思い知らされた。

品質支える石臼目立て職人

 もちろん、すべてを自動化できるわけではない。特に気を使っているのが、碾茶を挽く石臼の溝を彫る「目立て」という作業だ。目立てに問題があると、抹茶の粒が大きくなってしまい、不良品となる。あいやでは、連続使用で5000時間に1度、石臼のメンテナンスを実施している。

メンテナンスは、「目立て職人」と呼ばれる3人の専任社員が従事している。「何でもできるようになるまで10年はかかる」と語る辛島亘・製造部次長は、目立て職人だった父の背中を追うように、高校生の頃から目立てを学んできた。杉田社長も「彼らこそあいやの心臓部。日本に10人いるかいないかという人材だ」と信頼を寄せる。

 ラインから運び込まれた石臼はぼろぼろだ。樫の木で作った芯棒は石臼との摩擦でやせ、表面に彫られた溝には、抹茶の粒子が詰まっている。芯棒を交換し、詰まった抹茶を取り除き、必要に応じて溝を彫り直す。1個25kgの石臼は動かすだけでも重労働。1人が1日に処理できる数は2~3個ほどだ。

 最も難しいのが、石臼の最も外側の高さを一定に揃える工程だ。茶葉は中心から投入され、回転する石臼の力で外側に押し出されていく。外縁部は抹茶の出口に当たるため、ここで確実に挽かなければ製品不良に直結する。そして、高さを測るのは簡単な定規と目立て職人の手の感覚だけだ。

 石臼は目立て職人による調整で少しずつ削られるため、年を経た石臼ほど背が低くなる。背が違う石臼が同じラインで稼働している光景は、あいやが重ねてきた歴史を感じさせる。

 こうして作られたあいやの抹茶は、米ロサンゼルス、独ハンブルク、中国浙江省に設けた現地法人を通じて、世界中に流通している。米欧はともに、売上高の10%を占める柱に育て上げた。現地法人を介して、食品メーカーやお茶専門店に出荷し、インターネットを使った通信販売もしている。

 抹茶のような日本独自の食品を輸出するというと、欧米在住の日本人や日本食レストランなどが相手と思われがちだが、「あくまでネーティブのお客さんが中心」(杉田社長)だという。

 また、米国と欧州では抹茶の使われ方が異なる。米国では食品加工用として、抹茶味の菓子などに使われるケースが中心だ。

 一方、ドイツ語圏を中心にした欧州では、日本と同様に抹茶をお湯で点(た)てる飲み方が多いという。こうした地域では、コーヒーや紅茶を扱う専門店に赴き、店長などに抹茶の飲み方、歴史などを説明して回ることで理解を深めてもらい、店頭で扱ってもらうという地道な営業をしている。

 今でこそ順調な輸出事業だが、当初からお茶ならではの問題に悩まされてきた。それは水の違いだ。日本とは水の性質が異なり、日本で売っている抹茶を現地の水で点てても、おかしな味になってしまう。それに加えて、外国人の嗜好そのものも日本人とは違う。 

この問題を乗り越えるために、杉田社長は、製品化する時には必ず現地に赴き、取引先と一緒になって、納得がいくまで味を調えるようになった。「日本の抹茶を海外にそのまま持っていってもおいしいわけがない。現地の水と味覚に合うものを生み出す努力が必要だ」(杉田社長)。

 現地化の最たるものとしてあいやが取り組んだのが、碾茶の現地生産だった。1995年、日本で培った栽培法を手に、満を持して中国での生産に踏み切った。中国人農家と契約し現地の茶木を用いて、あいやが生産指導をした。

土から作った中国市場

 結果から言えば、努力は報われなかった。できた碾茶は失敗作。質も量も、求めていたレベルに遠く及ばなかった。ただ、現地生産は長い時間をかけてでも実現すべき課題。10年にわたる試行錯誤を始めた。
 「失敗の原因は、いざ答えを知ってみれば当たり前のことだった」と杉田社長は笑う。それは、日中で異なる茶の栽培環境だった。日本では、生産量と品質を高めるために十分な肥料を与えるが、中国では最低限しか与えない。中国での土地そのものがやせていることも原因だった。やせた土地に少ない肥料で育ってきた茶木にとって、日本の手厚い栽培法は「過保護」だった。

 だが、日本式の栽培法はあいやが求める碾茶に欠かせない。長期戦を覚悟したうえで土作りから始めることにした。丹念に耕し、少しずつ土地を肥やしていくことで、中国の茶木を日本式の栽培法に慣らしていった。

 そして、10年後の2005年に現地法人を設立。日本から生産機材を持ち込み抹茶の生産を始めた。現在の生産量は年間20トン程度と、800トン近くを日本で生産するあいやにとってはまだわずかだが、将来的には100トン程度を生産し、東南アジア諸国などに輸出する拠点にする計画を温めている。

 海外では「宇治」や「西尾」といった産地にブランド価値がないため、「あいや」ブランドとして知られるケースが多いという。顧客のニーズに応えて一から作り上げる姿勢が、国内外での「あいや」ブランドを支えている。 

抹茶 

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